時鳥2

時鳥看取りの朝の静けさや

 

いつまで親の死にこだわっているのか・・・・・・。そう思われる方もいるだろう。いつまで同じ題材で俳句を作るつもりなのか・・・・・・。そうおっしゃる方もいるだろう。

それでも私はずっと両親の介護や死にこだわり続けて、そのことを一句でも一首でも多く作品にしたいと考えている。要は、介護の喜怒哀楽を作品に昇華できるまでということになるだろうか。もっともその日は死ぬまで来ないかもしれないし、やがてはそのモチーフあるいはモチベーションが枯渇して、ぱったりと作れなくなってしまうかもしれないが・・・・・・。

ちなみの2024年6月にも時鳥の句を掲載している。再度そちらもご高覧いただけると幸いである。

 

 

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母の声

痛きとき一人ベッドで自らを励ます母の声の聞こゆる

 

これは母が頸部脊椎間狭窄症の手術を受けたあとのことだったと思う。リビングの隣の父と母の寝室から、なにかつぶやいている母の声が聞こえてきた。

どうしたのかと思って様子を見にいくと、ベッドで横になっている母が「わたし、がんばれぇ」「わたし、がんばれぇ」と自分を励ましている。狭窄症の後遺症の痛みが続いているが、いつも痛みばかり訴えるので父や私に申し訳ないと思って、一人で我慢しようと考えたのだろう。

もう母は亡くなっているのに、あのときの様子を思い出すと、いまだに胸が締めつけられるような感じがする。そして、そのときの母の声もまだ私の耳に残っている。

 

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チューリップ

母逝きてさびしき花はチューリップ

 

外に出かけられなくなった母の目をすこしでも楽しませようとキッチンの掃き出し窓から見える裏庭に毎年チューリップを植えたプランターを置いていた。

細見綾子に「チューリップ喜びだけを持つてゐる」の句があるように、この花は成長する子どもたちを思わせて、希望の象徴のようにも感じられる。

ところが、母が亡くなってからは、この喜びにあふれた花が、どの花にもまして母の不在を感じさせる花となった。まさに杜甫の『春望』の一句「時に感じては花にも涙を濺ぎ」のごとくである。

毎年花を咲かせてきたわが家のチューリップがなぜか今年は咲かなかった。それはそれでまたさびしい。

 

 

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帰り花

死といはず旅立ちといふ帰り花

 

最晩年の母は、「帰りたい」「帰りたい」を繰り返すものの、「どこへ帰りたいん?」と尋ねても、「わからん・・・」と、自分でも帰る場所を言えないことが多かった。そんなとき私は(これはもう魂の帰る場所がどこかにあって、母の魂がそこに帰りたがっているのかもしれない)と思うことがあった。

母が亡くなったいまも、(母の魂は帰りたかった場所に帰れたのだろうか?)と思うことがある。またその場所に、(祖父母や父もいて出会えているのだろうか?)と思うこともある。

あるいは魂に戻ったら、もう家族ではなくなるのかもしれないと考えることもあるが、できるなら私の魂の帰る場所も、父や母の魂の帰った場所と同じ場所であってほしい。

 

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