星月夜

さみしさが母から香る星月夜

 

身体がさみしさを発している。その夜、ベッドに三日月のような形で眠っている母は鮮烈だった。認知症で何も分からないとか、連れ合いを亡くしたとか、年老いたとか、そんなさみしさではなく、まるで存在していることのさみしさとでも言うようなものが母の身体から溢れていた。人間はみな個であることを保障されねば人間らしく生きられないが、個であることは同時に孤独を引き受けることでもある。一方で、人間の個は他との関係性なしには立ち上がらず、他人の存在なしに自己などというものも存在しない。

たった一人はさみしい。だが、家族といても、恋人といても、友人といても、人間である限りさみしいのだと思う。

 

 

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素足

浮腫なき母の素足の小さきこと

 

母の足は夏でも冷たい。そして、いつもむくんでいる。心臓の機能が衰えてきているうえに、歩くこともなくなったから、血液の循環が悪いのだと思う。訪問リハビリや訪問看護の方がいつもマッサージしてくださるが、むくみのない日はほとんどなかった。

それがなぜか、昨年(令和5年)の5月ぐらいから急に足のむくみが消えた。生活の何かを変えたわけでもなく、なぜむくみがとれたのかは不明だ。取り組んできた減塩や、毎日するようになった足湯の効果だとしたら嬉しいが、徐々に減ったのではなく、急にむくみが消えて、それ以降はむくまなくなった。

こんな足だったのか。むくんだ足ばかり見てきたので、改めて母の足をみてそう思った。

 

 

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紙風船

紙風船しぼみて子なる時了る

 

母が私の名前を呼ぶことはほとんどない。息子だと認識している時間はあるようだが、名前はわすれてしまって、もう出てこないようだ。私が「幸彦です」というと、「そうや、幸彦さんや」ということはあるが、おそらく一日の大半は親切などこかの人(時に怒る怖いおいやん)と思っているのではないだろうか。ときどき「お父さん」と呼ばれる。母は父が死んだことを認識していないので、長く傍にいる人=父と認識しているのかも知れない。父と私の背格好も、頭が禿げていることも似ているからかも知れないが・・・。

母が私を父と思い、多少なりともさみしさを感じずにいられるとしたら幸いだが、やはり子どもとして頼られたいというのが本音だ。

 

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冬菫

冬菫ちよんと突いて母を看に

 

「菫程な小さき人に生れたし」(※)夏目漱石。ある解釈には、この句の「菫程な小さき人」とは、世の中のしがらみを離れ、目立たずひっそりと、しかし、たくしましく健気に生きる人とある。この解釈に触れて、私は母のことを思いうかべた。いま母は世の中のあらゆるしがらみをわすれ、小さな人になって健気にいのちをつないでいる。それ以来、すみれには他の花にない親近感を抱くようになった。

冬のすみれは、「がんばれ」と小声で励ましたくなる存在であると同時に、こちらも元気をもらえる存在である。そんな冬菫にあいさつをして、母の許へ向かう。心なしかいつもより足取りがかるい。

 

※『合本 俳句歳時記 角川書店編 第五版』より

 

 

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秋の夜

秋の夜の母の入れ歯の大・捜・索

 

ついに入れ歯は出てこなかった。車椅子のクッションの下、枕カバーの中、ティッシュの箱の中・・・これまでもなくなるたび、意外な場所から出てきた入れ歯だったが、今回はどこを探しても見つからなかった。その後母は骨折して車椅子生活となり、歯医者さんに通って入れ歯を作り直すことも出来なくなった。骨折による入院生活の影響もあっただろうが、入れ歯をなくしてから母の食は細くなり、大好きな甘い物でさえ受け付けない日も出てきた。

幸い往診してくれる歯医者さんが見つかり、入れ歯を作り直してもらえた。入れ歯が入ると母の食欲は戻り、これが九十歳を過ぎた老婆かと驚く日さえある。

 

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打水

打水をして往診の刻まだし

 

往診を待つ間というのはどこか落ち着かない。足を骨折して車椅子生活になってから、かかりつけ医が月一回往診してくださることになった。歩けなくなった母には申し訳ないが、これは正直かなり助かる。通院だと待ち時間と診察で3~4時間はみておかないといけない。往診だと通常は30分ほどで終わる。とは言え、お医者さんが家に来てくださるというのは、介護サービスの方々とは違った緊張感がある。訪問サービスは「訪問」が仕事だが、往診は特別なことをしてもらっているという感じがする。月一回というのが、さらに特別感を高める。

夏ならば、せめて打水でも……と庭に水を撒いて、今か今かと先生を待つことになる。

 

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父にもありけむ

母が吾を摩ってくるることもあり父にも然るときやありけむ

 

母が私をさすってくれる。母のベッドを低床ベッドに替えたので、ベッドの隣に敷いた自分の布団と母のベッドとはほぼ同じ高さになった。父がまだ生きていた頃はまだ低床ベッドではなく、夜中に母が痛がると父は自分の布団に母に来るように言って一緒に眠っていた。こうされるとトイレに行くときに母を起こすのが大変だから止めてくれと父にたびたび言ったものだが、今なら分かる。横になったままで母を摩れるから楽なのだ。

そして、父もこうして母に摩ってもらったこともあったのだろうと思った。つらいことの多かっただろう父の介護の日々にも、こんな時もあったかも知れないと思うと、少しだけ心が軽くなった。

 

 

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わが父は献身の人梅真白

 

父や母を詠んだ句に「わが父」「わが母」と詠んだ句はほぼない。もっともだ。「父」「母」と書けば作者の父であることは明らか。十七音しか使えない俳句において、この「わが」の二音は浪費とも言える。それでも、私の父を他人は「わが父」とは書けない。無駄遣いとは思いつつ、これはこのままあえてブログに残しておきたい。

ことばは、生きている人間だけに届けるものではない。すでに亡くなった人間、未来に生まれてくる人間に届けることばもある。この句は亡き父に届けばそれだけでいい。

中村草田男に「勇気こそ地の塩なれや梅真白」(※) 私にとって父は、勇気であり、地の塩であり、そして真っ白な梅であった。

 

※『合本 俳句歳時記 角川書店編 第五版』より

 

 

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風邪

三分の一ほど風邪という老母

 

母の嚏は一回では終わらない。なぜか一度くしゃみが出ると、十回近く続く。そしてその後、「風邪ひいた」と言うのが口癖だ。ただ、この日は姉が、「お母さん、風邪引いたん?」と問うと、「三分の一ほど風邪」と答えた。母は認知症には違いないのだが、たまに認知機能の衰えた人にこんなことが出来るのか、と思わせる離れ業を演じる。例えば食事の時、箸がうまく使えないとフォーク、フォークがだめならスプーン、それもだめなら手で、と段階的に手段を変えたりする。

ところで掲句、俳人ならば「風邪心地」と使うところか。月野ぽぽなさんに「半身が深海となる風邪ごこち」(※1)・鈴木牛後さんに「風邪心地わが外側に誰かゐる」(※2)

※1 2010年 角川『俳句11月号』 ※2 2016年 角川『俳句11月号』

 

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