桜2

あれからと歳を数ふる桜かな

 

人は自分の死を意識したとき、「あと何回桜が観られるだろうか」とか「来年の桜は観られるだろうか」などと、桜という花を意識するのだと聞いた。

これは自分の死以外にも当てはまるかもしれない。父が亡くなったのは六月、母が亡くなったのは九月だったが、その忌日よりも春がめぐってきて桜が咲くたびに、「あれから何年・・・」という具合に歳月の経過を思う。

父と母との楽しい思い出には、花見よりもずっと楽しい思い出がたくさんあるのだが、毎年決まって思い出すのはやはり一緒に桜を観た記憶である。

私はそれほど桜が好きではないが、やはり日本人にとって特別な花だということは疑いない。

 

<広告>

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA