小春

車椅子の母と小春を慈しむ

 

自分の足で歩けなくなり、車椅子での暮らしとなって、家の中ばかりでいる母をたまには外に連れ出してやりたいと車椅子用スロープをレンタルもしていたのだが、昨今の気候は暑すぎたり寒すぎたり、不整脈のある母を外に連れ出すには逡巡するような日が多かった。今日はよい日和だと思ったら、今度は母がなかなか起きてくれないなど、タイミングを逃してばかりで、結局母と日向ぼっこをしたのは四年間でほんの数回しかない。

母が認知症になった時から、父と母と三人でいるこのときを慈しみながら暮らしていこうと思ってきたが、どれだけそれが出来ていたか・・・。

どれほど慈しんでも慈しみ足りない、そんな時間のあることを父や母を喪って、つくづくと感じている。

 

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母の忌に切なく柿を食ひにけり

 

母が最後に口にしたのは柿だった。しばらく食が細く、特にご飯はほとんど食べられていなかったが、日曜日の昼食にとろろご飯を作ったら久しぶりに80グラムほど食べて、ああ良かったと安堵した。その後3時頃におやつに柿をむいて一口かじったと思ったら、ぽろりと口から落ちて、昼に食べたとろろご飯を全部吐き出してきた。その後は水も受け付けず、翌日の昼に亡くなった。

私は果物の中では柿が一番好きだが、このことがあってから柿を食べるとちょっと複雑な気持ちになる。特に昨年の母の一周忌に供えた柿を剥いて食べたときは、なんとも切なかった。感情を直接的に表現した句は総じて駄句とされるが、駄句でもいいから一句でも多く母のことを詠みたい。

 

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更衣

更衣なほ在りし日の母と生く

 

母が亡くなって、着物も洋服もほとんどの物は処分してしまったけれど、クローゼットの中にはまだ少なからぬ母の服が残っている。その中には単なる無精のせいで捨てられていないものもあるが、なんとなく愛着があって捨てがたくて残しているものもある。

亡くなって1年半が経ち、もう四季を一周半したけれど、自分の普段着も母と同じクローゼットに入れてあるので、季節の変わり目になると母の服に目がとまって、「ああ、この頃はこの服をよく着ていたなあ・・・」などと母の姿を思い出すことがある。

今日は私の六十一歳の誕生日。あと何年生きるか分からないが、生きていた頃の母の姿を胸に留めて、ずっと母とともに生きていくつもりだ。

 

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