母逝きてさびしき花はチューリップ
外に出かけられなくなった母の目をすこしでも楽しませようとキッチンの掃き出し窓から見える裏庭に毎年チューリップを植えたプランターを置いていた。
細見綾子に「チューリップ喜びだけを持つてゐる」の句があるように、この花は成長する子どもたちを思わせて、希望の象徴のようにも感じられる。
ところが、母が亡くなってからは、この喜びにあふれた花が、どの花にもまして母の不在を感じさせる花となった。まさに杜甫の『春望』の一句「時に感じては花にも涙を濺ぎ」のごとくである。
毎年花を咲かせてきたわが家のチューリップがなぜか今年は咲かなかった。それはそれでまたさびしい。
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