桜餅

亡き母の話を姉と桜餅

 

母が亡くなり、和菓子を買うことがめっきり少なくなった。認知症が進んだうえに、車椅子生活で食べること以外ほとんど楽しみのなくなった母のために、姉も私も買い物のたびに何かしら甘い物を買って、毎日三時のおやつを一緒に食べた。特に母は抹茶が好きだったから、春になると草餅や桜餅などをよく買ってきて抹茶を点てた。

もっとも亡くなる二年ほど前からは、抹茶を点ててもうれしそうな顔をすることもなくなり、無反応なことが多くなった。もう抹茶がなにか認識できていなかったかもしれない。

母が亡くなって一年半。久しぶりに姉が桜餅を買ってきてくれた。母はもういないけれど、抹茶を点てた。

 

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桜餅

桜餅母ひと口に食へるかな

 

動きはスローモーだが、食べ方は腕白だ。今日はコントロールよろしく、桜餅はまっすぐに口まで運ばれた。そして丸ごと口に押し込まれた。おいおい、無茶すんな。桜餅は姿も香りも食感も楽しめる和菓子だが、おそらく今の母は、香りを感じてはいない。色も赤と桃色の違いが識別できているかどうか……。認識とことばの関係は、ことばが先のような気がする。ことばが分かってこそ、こまやかな色や手触りの違いが認識できるのではないか。したがって、赤や桃色ということばをわすれた母には、赤と桃色の違いは認識できていないのではないかと思われる。

大木あまりさんに「桜餅今日さざ波の美しく」母と私には遠い世界の物語となった。

 

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