わが家訪ふ時雨木枯父母と思はむ
父が亡くなって六年、母が亡くなって、二年。七回忌、三回忌も終え、一区切りついたという気持ちがないではないが、やはりまだ一人暮らしのさみしさには慣れない。
とにかく家の中に自分がたてる音以外の音がないのがさみしくて、見るつもりもがなくてもテレビをつけっぱなしにする日も多い。無音よりは、雨であれ風であれ音が聞こえるほうがいまの私には救われる。
こうして、鳥であれ、守宮であれ、蜻蛉であれ、蝶であれ、家や庭を訪ねてくるものは父や母からのメッセージあるいは父や母そのものと思って、慰めにしている。
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