時鳥看取りの朝の静けさや
いつまで親の死にこだわっているのか・・・・・・。そう思われる方もいるだろう。いつまで同じ題材で俳句を作るつもりなのか・・・・・・。そうおっしゃる方もいるだろう。
それでも私はずっと両親の介護や死にこだわり続けて、そのことを一句でも一首でも多く作品にしたいと考えている。要は、介護の喜怒哀楽を作品に昇華できるまでということになるだろうか。もっともその日は死ぬまで来ないかもしれないし、やがてはそのモチーフあるいはモチベーションが枯渇して、ぱったりと作れなくなってしまうかもしれないが・・・・・・。
ちなみの2024年6月にも時鳥の句を掲載している。再度そちらもご高覧いただけると幸いである。
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