菜の花(2)

菜の花や夕日の国に逝きし母

 

「菜の花や月は東に日は西に」という与謝蕪村の句や、「菜の花の中へ大きな入日かな」という夏目漱石の句など、菜の花と夕日を結びつけた句は比較的多いように思われる。そして夕日の沈む西の方角は、『西方極楽浄土』といわれるように死後の世界がある方角でもある。

今日、車窓からたまたま菜の花を見て、蕪村や漱石の句を思い出し、そして次に西方極楽浄土ということばを思い出した。

死後の世界はどういうところか分からぬ(そもそも死後の世界があるのかどうかも分からぬ)が、あるなら仏教の説くような極楽浄土であってほしい。そして、そこで亡き母と父が幸せに暮らしていると願う。

 

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わが家も減塩!

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菜の花

菜の花や母不治なれば明るき家

 

実はこの句は母を詠んだものではない。水田の中の一角に鮮やかな菜の花畑を見つけたとき、その明るさの中にふっと陰のようなものを感じた。そこからある物語が浮かんだ。

それは母親が不治の病で余命宣告を受けた家族が、残された母親との時間を慈しもうとしている姿である。残された時間は限られている。だからこそ、出来る限り明るく楽しく母との時間を過ごしたい。

そんな想像で詠んだ句ではあるが、母が認知症と診断されてからのわが家と重なる部分もある。認知症はいまのところ治らない病気である。だから、そのことを嘆いても仕方がない。母が認知症であっても、楽しめることを模索しながら共に暮らしていこうと家族一丸となって頑張ってきた。わが家もまた「明るき家」であった。

※ この作品は第26回NHK全国俳句大会入選作品集に掲載されています。

 

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