冬の雷

冬の雷母の陰より響くごと

 

はじめて老母の陰部を拭いた。私にとって、それは衝撃だった。その時の感覚は、母以外のそれを見た時とも、子どもの頃に風呂で母のそれを見た時とも違う。その瞬間は、自分の母親の陰部を見るという照れくささは消えて、何か厳かなものに対したような心境になった。そう感じたのは、ここから自分が生まれてきたからだろうか。あるいは私が男だからかも知れない。いずれにせよ私には、男根より女陰のほうがはるかに崇高なものに思われる。

もし人間の性器が楽器なら、男性器はチーンなどという安物のベルのような音しか出せそうにないが、女性器はどどどという和太鼓のような音を響かせられるような気がする。

 

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小鳥来る

パンを手に眠れる老母小鳥来る

 

一年の四分の三は母と家にいる。父が死んでから、常に母の傍にいられるのは私だけだ。だが、私にも仕事がある。とは言え、要介護5の母を一人には出来ないから、姉や介護サービスの方々に助けてもらいながら、仕事や買い物などに出かける。平日は15,6時間、日曜・祝日は24時間母と家にいるから、計算するとそのぐらいの割合になる。と言っても、家事と介護以外の大部分は、母の隣で眠る時間と母の傍にいるだけの時間だ。

母は朝食や昼食の最中眠ることがある。眠るといっても5分から10分程度眠っては目覚めて、また食べまた眠って、目覚めてまた食べをくり返す。そんな時はキッチンから見える裏庭を所在なく見つめていたりする。

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夕焼

夕焼けて母はわが家に迷子なり

 

夕暮症候群というらしい。認知症の人が、夕方になると不穏になったり、家に帰りたがったりする症状をさす用語だそうだ。私の母も一時期ほぼ毎日夕方になると、家に帰ると言って姉や私を困惑させた。いまは以前ほどではなくなったが、やはり一日の中で夕方が一番情緒不安定なことが多いように思う。

ところで、わが母に『認知症』や『夕暮症候群』といった病名を遣うことには、今でも少なからず抵抗がある。この病名でいいのかとも思うし、病名が一人ひとりの人格を一括りにしてしまっているようにも思える。

小山正見さんに「家に居て帰るてふ妻秋彼岸」(※)。母と二人の暮らしになって、今さらながら父の傷心と戸惑いが思われる。

 

※ 小山正見 句集『大花野』(翔出版)より

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春の蚊

手もことば伝へたれどもわれの手のことば足らずを春の蚊が刺す

 

介護は、手がいのちだと思う。介護の大半は手を使う行為だ。さらに言えば、介護は手で被介護者の身体に触れる行為である。身体を支える、おむつを替える、清拭をするといった行為は相手の身体に触れることなしには出来ない。だから、口で伝えることばに加えて、手で伝えることばがあると思う。いくらやさしいことばをかけられても、手にやさしさがなければ介護される人は安心して身を任せられまい。

私の母のように、言葉の理解が難しくなってくると、なおさら言葉だけでは気持ちが伝えられない。だから、「手のことば」が重要になってくるが、めったに人を刺すことのない早春の蚊がちくりと私の手を刺した。

 

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草餅

草餅やいまは老母の頬を拭く

 

食べ物を口に運ぶ。当たり前だと思うこんなことが出来ない時がある。それがいまの母だ。食べ物を落とすことの多くなった母の手に半分に割った草餅を持たせる。母は餅がまだ手元にあるときから口を開ける。それから、ゆっくりと餅を口に運んでいく。しかし、餅は開いた口をそれて、頬にぶつかる。草餅のなかの餡が頬につく。頬に餡をつけた様子は、幼子のようだ。記憶にはないが幼い頃、私も母に頬を拭いてもらっていたことだろう。当たり前と思っていることも、実は学習と反復で身につけた「出来る」に違いない。

出来ないことが出来るようになり、老いてまた出来なくなる。だが、老いの出来ないはいのちを全うした証とも言えるのではないか。

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水洟

吾の手で水洟拭ふ老母、こら!

 

鼻水が拭ければ何でもいい。母が自分の考えをことばに出来たら、そうとでも言っただろうか。母の不思議な言動は数々あるが、姉や私には分からないだけで、母には母の文脈があるはずだ。それが分かったらと思う反面、「知らぬが仏」ということもあるかも知れない、とも思う。あるいは鼻水が出た瞬間、握っていた私の手のことはわすれてしまって、自分の手を鼻に持っていったつもりだったのかも知れない。

ちなみにわが家のテディベアは、母に「かわいい。かわいい」と撫でられることもあれば、ぽいと投げられることも、ティッシュ代わりに鼻水を拭かれることも、挙げ句はパンのように囓られることもある。

 

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いわし雲

いわし雲いつ止む母の一人言

 

幻と喋っているのだろうか。そんな日もあるが、これは会話というより、声の大きな一人言のように聞こえる。ベッドで一人横たわっている時に、この一人言が多い。三時間以上喋りっぱなしのこともある。日曜日の午後、リビングで母と向かい合わせでいて、これが始まった時にはさすがに閉口した。目の前の私には全く話しかけず、母が延々と脈絡のないことを喋り続ける。認知症の症状の一つと言ってしまえばそれまでだが、私には母が一人言によって、何かしらの記憶の整理をしているようにも思える。

夢によって、人間は脳の情報整理を行っているという。こんな時の母は起きながらにして夢を見ているのかも知れない。

 

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炎昼

炎昼の床を濡らして母がゐた

 

なにが起きた? 廊下に立つ母の足元が濡れている。失禁したのかと思って、指につけて嗅いでみたが臭いはしない。では、この水は母が持ってきたものか? 母は何をしようしたのだろう? 呆然と立っている母の横に立って、私もしばらく呆然とした。

親の物忘れが増えてきて怪訝に思っても、歳も歳だから……などとそれをことさら深刻に考えたくない時がある。一方で、これはどう考えても認知症だと気づき、またそう悟らねばならない日が来る。ところが、その時には実はもうかなり進んでいる。もちろんそこからでも対応する術はさまざまあろうが、概して家族の認知症への対応は、後追いになることが多いのではなかろうか。

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母朧介護の父も朧めく

 

迂闊だったのは私だ。「そうか、幸彦は息子やったんか。これは迂闊やったなあ……」一緒に飲んでいた父が心底驚いたように言った。父も認知症になることは、想定できた。なのに、それは想定外だった。そうなってほしくないという願望が、その想定を遠ざけていたのだろう。願望もまた認知症という病気の萌芽を、看過させてしまう。

圧迫骨折での入院をきっかけに認知症が急激に進んだ父は、もうほとんどことばが発せられなくなって家に戻ってきた。その父が亡くなる一ヶ月程前にぼそっと「おまえは誇りやさけ」と言った。実際は、はっきりとは聞き取れなかった。そう聞き取ったのも、私の願望に違いない。

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風花

風花や母の下着を干す父に

 

母が病んだからというわけではない。共働きのわが家では、若い頃から父は炊事も洗濯もした。父と母と私の三人の暮らしになってからも、炊事と洗濯は主に父の仕事で、父が母の下着を干していることに特別の感慨をもったことはなかった。

だが、この日の父の姿には、ことばに尽くせぬ母への深い思いを感じた。母の認知症が進むにつれて、教員だった父は退職教員の会合などにもほとんど参加しなくなった。母のことは姉と私が看るからと言っても、なにやかやと理由をつけて、母の傍を離れようとしなかった。

とは言えこの日の感慨は、あるいは父に降りかかる風花がもたらしたものかも知れない。

 

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