病む母の笑みこそわれの小春かな
高齢者を在宅で介護している家というのは、季節でいえば常に冬のようなものである。どんなに懸命に介護したところで、待っているのは死だ。老いと死を逃れる術はなく、人生の最晩年を生きる者にふたたび春が巡ってくることない。
そうは言うものの、冬には冬の良さがある。概して楽しみなことの少ない冬だからこそ、ささいなことがうれしかったり、共に在ることの喜びを感じたり、今までなんでもなかったことの有難みに気づくということもあった。
そして、私にとって何ものにも代えがたかったのは、母の笑みであった。それは冬のさなかに小春のように、私のこころと身体を温めてくれた。
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