秋風

秋風を見てをり眠る母に添ひ

 

認知症になった母を、父と姉と三人で支えながら生活していた。だが、母より先に父が亡くなってしまい、その後に義兄が転勤となり和歌山から離れることになった。

もう母の在宅介護は無理かと思ったが、義兄が単身赴任をしてくれたので、引き続き姉の助けを得ながら母の在宅介護をすることができた。

ただ、せめて義兄が赴任先から帰ってくる土日や祝日は姉も自宅で義兄にくつろいでもらいたいのとのことで、日曜、祝日は私が母と二人で過ごすことになった。

母と二人きりで過ごす休日はどこにも出かけられない。とにかく母の傍で退屈しているしかない。この日は母のベッドの傍で庭木を揺らす風を見ていた。

 

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梅雨寒

梅雨寒や父の忌に飲む燗の酒

 

亡くなった父は酒が好きで、中でも日本酒が一番好きだった。亡くなった2020年の6月9日は2024年に亡くなった母の誕生日の翌日であった。亡くなる前日、もうことばは発せられず、口からは何も摂れなくなって点滴を打っている状態だったが、母の誕生日だから一緒に酒を飲もうと父の唇にスポンジで酒を塗ると、その目がすこし笑っているように見えた。

その後は命日になるたび杯を二つ用意して、父と一緒に杯を傾けるつもりで酒を飲む。6月なら私は冷酒のほうがいいのだが、父は燗酒のほうが好きだったからせめて命日くらいは父の好みに合わせて今年も熱燗を飲む。

 

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暑さ寒さ

不整脈持ちたる母が逝きしいま暑さ寒さも吾のみのこと

 

この歌は昨年の二月五日に詠んだ。毎年九月の彼岸前と一月の大寒の頃が、母の脈がもっとも乱れやすい時期で、この時期に三度入院している。だから、いつもこの頃になると少し身構えていた。

しかし、母が亡くなってしまえばもうその心配もなくなって、自分だけが暑いとか寒いとか言っていればよいだけになった。

今日、2026年2月8日は、ここ和歌山でも珍しく雪が積もった。とは言うものの、和歌山でも山間の育ちの私は子どもの頃から比較的雪は見慣れていてむしろ懐かしささえ感じる。

そのせいか山間の故郷の町や父や母が無性に恋しくなった。

 

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朧夜

朧夜や見えざる人と話す母

 

母はときどきそこに存在しない人と会話していた。認知症だと解っていても、最初は正直気味が悪かった。しかし、そのうちに慣れてしまった。幻との会話だけでなくて、一晩中独り言を言っていることもあれば、一時間ほど延々と数を数えていることもあれば、話しかけてくるものの言いたいことが解らないこともある。さらには、「きいしいはあ、もはあよお」などともはや単語にもなっていない音声を発するといったことまで経験すれば、もう少々のことには驚かない。

亡くなる一、二年前は私と話しているときより幻と話しているほうがよほど文脈がしっかりしていると感じること日もあった。

その幻との会話が楽しそうなときは、ちょっぴりさびしかった。

 

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