わが父は献身の人梅真白

 

父や母を詠んだ句に「わが父」「わが母」と詠んだ句はほぼない。もっともだ。「父」「母」と書けば作者の父であることは明らか。十七音しか使えない俳句において、この「わが」の二音は浪費とも言える。それでも、私の父を他人は「わが父」とは書けない。無駄遣いとは思いつつ、これはこのままあえてブログに残しておきたい。

ことばは、生きている人間だけに届けるものではない。すでに亡くなった人間、未来に生まれてくる人間に届けることばもある。この句は亡き父に届けばそれだけでいい。

中村草田男に「勇気こそ地の塩なれや梅真白」(※) 私にとって父は、勇気であり、地の塩であり、そして真っ白な梅であった。

 

※『合本 俳句歳時記 角川書店編 第五版』より

 

 

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