もう良きかと尋ねて母は秋に逝く

 

2024年9月30日に母は旅立った。その二週間ほど前だったか、姉から「この間おかちゃんが急に『わたしやもう死んでもええか』って言うた」と聞かされた。この頃の母は姉のことは認識できなくなって、しばしば他所の人のように接することが多かったというが、このときは確かに姉だと認識して言ったようだ。

少し気にはなったが、まさか本当に逝くとは思わなかった。亡くなってみると、きっと母はもうとっくに限界を超えて生きてくれていたのだと思った。ただ、なぜ母がこの年に逝くことにしたのか、それが分からない。息子である私はもう自分がいなくても大丈夫だと思ったのか? それともまだまだ心配だが、これ以上はもう付き合いきれないと思ったのだろうか?

 

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痛してふ母のさびしさ撫づる秋

 

母の「痛い」にはどうも三つある。本当に腕や足などが痛むときの痛い。何かが身体に触れたときの違和感や恐怖を表わす痛い。そして、自分の傍に誰か来てほしいときの痛い。

三つ目の「痛い」には私の反省もある。母は傍に誰かいないときに「ここへ来てよぉ」と言うことがある。ただ、料理を作っていて火のそばを離れられないときなど、「ちょっと待って」と言わざるを得ない。しかし、母には私のその状況が理解出来ないから、立て続けに「来てよぉ」を繰り返す。そのうちに私のほうが癇癪を起こして怒るということが何回かあったのだ。

三つ目の「痛いよ」は、人を呼ぶための母の知恵ではないかと私は考えている。

 

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