知れる人なきが悲しとつぶやきて母は食事に手をつけざりき
このときは私もかなしかった。いくら私は息子だと言っても、母には分からない。母の記憶の中にいる、父や祖父母や姉、妹はいない。一口も食べようとしない母を前に、もはや掛けることばがなかった。
しかし、長生きするということはこういうことなのだ。知っている人間は先に亡くなってしまって、自分だけが生き残る。長生きは、よほど孤独に強い人か、新しく出会う人とでも心を通わせることの出来る人でなくては、かえって辛かろうと母を見ていて思う。
もっとも人の寿命を決めるのはその人自身ではない。辛かろうが、淋しかろうが、生ある限り生きるほかない。
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