こは左そは右と着す手が冷た
袖の中でつかまえた母の手は冷たかった。朝、体温と血圧・脈を測り、おむつを替え、清拭をして着替えをするのだが、母がうまく袖に手を通せない時がある。そんな時は、袖口のほうから自分の手を通して母の手を迎えにいく。ヘルパーさんや看護師さんから教えていただいたやり方だ。母は左右を間違えることも多くなった。右手を出すように言うと左手を出し、左手を出すように言うと右手を出す。そこで「これは左手」「それは右手」と言いながら服を着せることになる。
波多野爽波の句に「手が冷た頬に当てれば頬冷た」。(※)「冷たい」と言いながら、温かいものが伝わってくる。ことばを尽くしてもなかなかこうはいかないだろう。俳句だ。
※『合本 俳句歳時記 角川書店編 第五版』より