一葉落つ

一葉落つ仏のやうに母笑めば

 

微笑んだ母の顔がとてもやさしいときがあって、そんなとき私は、なぜか母の死が近いような気がして心配したものだった。

実際、それは杞憂に過ぎず、1年に何度か仏様のような微笑みを浮かべながらも、母は何年も生きてくれた。

認知症になってからの二十年近い暮らしのなかで、死にたいと口にしたこともあった母だったが、亡くなる2,3年前にはもう「~したい」というような意志や欲をことばにすることはなくなって、生かされるままに淡々と生きていたように思う。その意味では、母はもう仏になりかかっていたのかも知れない。

そして終に母はほんとうの仏様になるべくこの世を旅立った。お母さん、私を見守ってください。

 

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母の日

母の日はやさしく母の尻を拭く

 

母が立てなくなってから、もっぱら排泄は紙おむつとパット頼みとなった。幸いにして便秘になることなく、毎日少しずつ排便があって、朝おむつを替えるときに便の処理をするのが亡くなる1年ほど前からほぼ日課になっていた。

自分の肛門についた便は自分では見えないが、母の肛門についた便は見えているので、きれいに拭こうとしてついつい力が入ってしまうことがある。それで母に痛がられることがしばしばあった。

母の日とて、どこにも出かけられず、食べられるものも限定される母には、特別にしてやれることがない。せめて今日だけはといつもよりやさしく母の尻を拭いた。

 

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春の雨

つれづれと母に添ひ寝の春の雨

 

亡くなる前の1、2年ほどは毎日、訪問入浴が来てくれる水曜日以外は、昼前後に起きて、夜に就寝するまで車椅子で過ごすというのが母の生活のパターンだった。

ただ、日によって昼を過ぎてもまだ寝ているということもあって、いつ起きるというか分からないので、私も一日の予定が立ちづらい。特に姉が手伝いに来てくれない日曜日は、母を外に出ることも叶わず、かと言って何かに集中して向き合うのも難しい。

仕方なしに昼間から母のベッドの横に布団を敷いて母と並んで横たわっているというような日もあった。

一日が長く感じたものだが、母が亡くなって間もないいまは、さらに一日が長い。

 

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雪降れり

母と在るいまこの時や雪降れり

 

この句を詠んだとき、もちろんいつか母が旅立つ日がくることを意識はしていた。だから、母と在る時間を慈しみたいと考えていた。とは言え、介護の日常はどこか時間に追われてしまう。

ここ半年ほどの母は睡っている時間が増えて、起きて車椅子に座っていても黙っていることが多かった。互いのことばも通じず、会話らしい会話をすることもほとんどなかった。

それでも母がいてくれるだけでさみしくはなかった。いのちの存在とはすごいものだと改めて思う。

 

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アイスクリーム

溶けてゆくアイスクリームと母の語彙

 

認知症になってことばをわすれる。これはある程度想像はついた。実際、母は多くの物の名前をわすれてしまっているに違いない。

だが、ことばの文脈どころか、ことばそのものが崩壊するとは思いもよらなかった。たとえば、「おしっっこしたい」が「しーたい」。これはまだ状況から意味が理解できたが、「きーしーけーもーはーよー」となると、いかに状況を考えても、何を言いたいのかまったく理解できなかった。

ことばが解けていく。あるいは溶けていく。ときどき母の口から発せられる意味不明のことばを聞くと、文字が線にもどっていくような、真っ直ぐな線がたるんでいくような想像をすることがある。

 

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土筆

遠き日や土筆よろこぶ母ありき

 

子どものころ、土筆を摘んで帰ると母は喜んでくれた。もっとも料理をするのは母ではなくて父だったが……。

男子というのは、なにかしら母の期待を感じているものだと思う。もちろん男女に限らず子どもは親の期待を背負うものだが、ある意味男子にとって母親の期待は呪縛にもなっている場合があるように思う。

その点では、母は不思議なほど私にプレッシャーをかけることがなかった。内心ではそれなりに期待していたのかも知れないが、それを直接口にすることはなかった。

それが良かったのか悪かったのか。私は何者と呼べるほどの人間になれなかったが、私に呪縛をかけなかった母に感謝している。

 

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雑炊

母食はぬ雑炊汁を失へる

 

母はだんだんとご飯が食べられなくなってきた。咀嚼はするが飲み込むのが難しいらしい。ずいぶん長く噛んだあと、飲み込めなかった分を舌の上に載せて吐き出してくる。

パンは比較的よく食べるので、ご飯が食べられないときはパンを食べてもらうが、日本人の性なのか、ご飯を食べないと元気が出ないような気がしてしまう。

そこでとろろ掛けご飯にしたり、雑炊にしたりして、なんとか母が食べやすいようにと工夫してみるのだが、結局はその日の調子次第で食べない日は食べない。

用意したものを食べてくれないのにはもう慣れたとは言え、すっかり汁気を失った雑炊を見ると、ちょっとさびしい気持ちがした。

 

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新米

食事介助して新米のほの温し

 

箸での食事が無理となり、スプーンでの食事も無理となった。箸は持てない。スプーンは持てるのだが、水平を保ったまま口に持っていけないので、途中で乗せたものが落ちてしまうのだ。フォークに突き刺したものはなんとか自分で食べられるが、ご飯はそういうわけにはいかない。

食事の際、母と私のご飯を同時によそうと、母に食べさせている間に私のご飯は冷めてしまう。それでだんだんと自分が先に食べてから、母に食べてもらうことが多くなった。

最近は、母が私と同じ物を食べられなくなってきた。食事のタイミングはずれるとしても、何か一品でも私と同じ物を食べてくれるとうれしい。家族だから。

 

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柿の花

柿の花咲いて正岡律の忌や

 

正岡子規を母・八重とともに介護した妹・律の忌日は昭和16年5月24日である。そろそろ柿の花の咲き始める頃だ。子規の「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」は、芭蕉の「古池や……」の句と並び、もっとも人口に膾炙した句であり、日本の文学史上の果実だが、それに比して律の介護を知る人は少なく、まさに目立たない柿の花を思わせる。しかし、律の介護という花が、子規の短歌革新・俳句革新という文学史上の果実を実らせたと言っても過言ではないだろう。

私は一句でも多く律を詠みたいと思う。それは、いまも柿の花のように咲いている名も知られぬ介護者たちと律への「投瓶通信」でもある。

 

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春めく

頬に餡つけたる老母春めきぬ

 

母を詠んだ俳句には、パンを手にしたまま眠ってしまったり、菓子を握りしめていたりと、幼子のような姿を描いた句が少なくない。実際、いまの母はある意味幼子にもどっているのかも知れない。

老母の介護をしていると、「施設に預けることを考えないのか」と尋ねられることがある。その問いへの答えは、「たとえ一晩でも幼子を施設に預けられますか?」という問いへの答えに似ているかも知れない。

もっとも幼子は季節に喩えるとまさに春で、はじまりの躍動に満ちている。一方、高齢者は冬で、おわりの静けさを漂わす。いかに母が幼子めいていても幼子のように、存在そのものが春めくことはない。

 

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