われもまた見えざるものに介けられ護られ母を介護してゐる
以前も記したことがあったかも知れぬが、私は『介護』ということばが嫌いだった。介護の『介』は『たすける』という意味。『護』は『まもる』という意味。『たすけ、まもる』なんていかにも上から目線だと感じていたからだ。
しかし、母の介護をしているうちに、私もまた母に『たすけられ、まもられている』ことを感じ、介護を『互いにたすけ合い、まもり合う』と解釈するなら、このことばも悪くないと思うようになった。
そして、さらに母の介護を続ける中で、自分は目に見えないものの力にもたすけれ、まもられているような感覚をもつようになった。
きっとそうだと思う。そうでなければ、介護という過酷な営みはわたしにはとても続けられなかった。
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