病みてことば発せられざる父の脇に体温計はさめば冷たしという顔
父はことばが発せられなくなっていた。ヘルパーさんが着替えで身体の向きを変えたときに「痛いよ」と言ったというのが、私の知る限り父が発した最後のことばだ。子どものころから父とは事あるごとに会話を重ねてきた。世間一般の父と子よりはるかに多くの会話をしたに違いない。それなのに、父と過ごした最後の一ヶ月にほとんど父の声が聴けなかったことが、心残りでならなかった。
しかし、ベッドで臥す父を詠んだ歌を読み返しながら、父の声は聴けなかったけれど、それでも父と会話をしていたのだと思った。
冷たい! と一瞬目を閉じて、また開いたあとの微笑みを含んだ顔は、私の知る中でも、もっとも好きな父の表情の一つだ。
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