手にほのと桃の匂ひやおむつ替へ

 

いま母は一人では用を足せない。「おしっこ」と言われると、目の前の作業は中止してトイレに連れていかなければならない。それが炊事の最中であれば、野菜や肉を切っていた手を洗うのもそこそこに母の車椅子をトイレまで押す。間に合う時ばかりではないから、いつも紙おむつを履いてもらっている。おむつを替えようとして、ふっと自分の手の匂いに気づくことがある。その日はちょうど桃を剝いているときだった。

匂いがした時、おむつを替えながらふっとこころが緩んで自然と笑みがこぼれた。そう言えば、桃の割れ目は人間のお尻をイメージさせる。もっともそれは、老人のそれではなく赤ん坊のあのやわらかなお尻だが。

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初秋

初秋や母のいのちの坂いくつ

 

九月を過ぎるとほっとする。五年前の九月、母が徐脈で入院した。そのまま危篤状態となり、一晩意識がなかったが、幸いにも翌朝意識が戻り、二週間程で退院した。翌年の一月末また徐脈で入院。体調が落ち着いてきたと思っていた九月、またもや徐脈となって入院した。その翌年は転倒して骨折し、八月末から入院した。結局三年連続で母は九月を病院で過ごしたことになる。そんなわけで私には、一年のうちで九月が、母にとって最もきつい坂と意識されるようになった。

いのちの坂にも上り下り。母はもう何十年も、坂を下り、しばらく平地を歩いて、また坂を下るということを繰り返してきた。できれば最期はゆるやかな坂を下らせてあげたい。

 

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小鳥来る

パンを手に眠れる老母小鳥来る

 

一年の四分の三は母と家にいる。父が死んでから、常に母の傍にいられるのは私だけだ。だが、私にも仕事がある。とは言え、要介護5の母を一人には出来ないから、姉や介護サービスの方々に助けてもらいながら、仕事や買い物などに出かける。平日は15,6時間、日曜・祝日は24時間母と家にいるから、計算するとそのぐらいの割合になる。と言っても、家事と介護以外の大部分は、母の隣で眠る時間と母の傍にいるだけの時間だ。

母は朝食や昼食の最中眠ることがある。眠るといっても5分から10分程度眠っては目覚めて、また食べまた眠って、目覚めてまた食べをくり返す。そんな時はキッチンから見える裏庭を所在なく見つめていたりする。

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いわし雲

いわし雲いつ止む母の一人言

 

幻と喋っているのだろうか。そんな日もあるが、これは会話というより、声の大きな一人言のように聞こえる。ベッドで一人横たわっている時に、この一人言が多い。三時間以上喋りっぱなしのこともある。日曜日の午後、リビングで母と向かい合わせでいて、これが始まった時にはさすがに閉口した。目の前の私には全く話しかけず、母が延々と脈絡のないことを喋り続ける。認知症の症状の一つと言ってしまえばそれまでだが、私には母が一人言によって、何かしらの記憶の整理をしているようにも思える。

夢によって、人間は脳の情報整理を行っているという。こんな時の母は起きながらにして夢を見ているのかも知れない。

 

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秋灯

秋ともし母の徘徊数十歩

 

心臓が止まるかと思った。まだ父が生きていた頃のことだ。秋の夜、車で家からほんの数十歩ほどのところまで帰ってくると、パトカーが停まっている。何事?と思いつつ通り過ぎようとすると、母がいるではないか。あわてて車を車庫に入れ走って引き返し、「あの家の者です」と数十歩先の灯を指した。道で横たわっていたところを通りがかりの人が通報してくれたのだという。母が徘徊したのは、この一回きり。夜中に出ようとしたことが何度かあったが、幸いにも玄関の鍵を開けられず、未遂に終わった。

この夜、父はかなり酔っていて、母が一人で家を出たことに気づいていなかった。買ったばかりの日本酒の五合瓶が空になっていた。

 

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