長生きをさせてしまつてごめんなさい われといふ子を産みしばかりに
ほんとうは5年前に危篤になったときに、母の寿命は尽きていたのかも知れない。病院で夜通し付き添った姉は、心電図の波が平になるのを何度も見たそうだ。
それから母は5年生きた。それは私が心配だったからに違いない。未婚で、稼ぎも少なく、頼りない息子を一人にしておくわけにはいかないと思ったのではないだろうか。特に4年前に父が先に旅立ってしまったので、母は死ぬに死ねなくなったのだと思う。
認知症で自分がどこにいるかも分からず、そのうえ車椅子生活で身の周りのことはすべて誰かに頼らなければならない。そんな母を早く楽にさせてあげられなかった私は、とんでもない親不孝者だ。
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