はじめての母なき春や星潤む

 

季節はめぐるもので、今年還暦となった私は、もう春夏秋冬を何十回となく春をむかえてきたけれど、母のいない春をむかえるのは今年はじめてだった。

生きていたとしても、大腿骨の骨折をしてからの母は車椅子生活だったし、認知症もすすんで何かに感動することもなくなっていたから、桜を見に連れ出すこともなかっただろうが、それでも春というこころ弾みのある季節を母と一緒にむかえられないのはさみしかった。

右城暮石に「妻の遺品ならざるはなし春星も」

夜空を見上げて、ふとこの句を思い出し、私にとって春の星は、母の遺品か、それとも母そのものか、そんなことを考えた。

 

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寒卵2

寒卵転がればまた子に戻る

 

母はしばしば私のことをわすれた。父が亡くなってから、わたしのことを父と思っているなとか、どこかの施設か病院の職員だと思っているなというような話し方をすることも多かった。あるいはどこの誰だか分からずに怪訝そうな目で私を見ることもあった。

だが、母は私のことをわすれ去ることはなかった。転がった卵がくるりとまた元の場所に戻ってくるように、ときどきまた私が自分の子どもであることを思い出す。その頻度はだんだんと少なくなってはいったけれど・・・・・・。

亡くなる日の未明、「あなたの息子の幸彦ですよ、分かりますか?」と訊くと「はい」と答えた。本当のところはどうだか分からないが、最期にまた母の子どもに戻ったのだと思うことにしている。

 

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震災忌

ただ独り逃ぐる身となり震災忌

 

つい最近も青森県で大きな地震があった。戦争や災害の報道に接するたび、ああきっと戦地にも被災地にも、肉親の介護をしている人がいるに違いない。危険が迫っても逃げるに逃げらず、途方に暮れているのではないかなどと考える。私自身も母が生きていた頃は、自分たちも被災したらどうしたものだろう。とても母を連れて避難所には行けそうもない・・・などと考えを巡らしたものだ。

母が死んでしまったいまは、そんな思案を巡らす必要もなくなった。わが身ひとつ、とにかく安全な場所に逃れることだけ考えればよい。こころが軽いと言えば軽いが、やはり一方ではさみしくもある。

 

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薄暑

老母にも汗かかせたき薄暑かな

 

不整脈のある母には温度差がないほうがよいと考えて、わが家では春、秋のある時期を除いては、年中エアコンをつけて室温を一定に保っていた。そのせいか、ほとんど母が汗をかくのを見なくなった。もしかしたら、冷房を入れることによって汗をかかなくなり、汗腺機能が衰えてしまっていたのかも知れない。よかれと思ってやっていたことが母の身体にとって、よかったのかどうか・・・。

風薫る初夏のさわやかな日など、母を車椅子で外に連れ出して、うっすらと汗をかかせてやりたいと思うことがあったが、結局それも果たせないままに終わってしまった。

俳句に詠むより実践することこそが「徘介護」だったといま改めて反省している。

 

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