寒卵

寒卵老母の糧の限られて

 

いまの母は、肉と魚はほとんど食べない。うまく飲み込めないらしく、たいていは吐き出してくる。軟らかい肉や魚でも吐き出してくるので、母の皿にはほとんど盛らない。ミンチ状の肉か薄い豚バラ肉、お刺身などは食べられることもあるが、それもその日の調子しだいだ。まあ、調子の悪い日はご飯もパンも吐き出してきて喉を通るのはバナナかプリンぐらいなので、ことさら肉や魚に限ったことではないが……。

そうなってくると、母のタンパク源はもっぱら卵ということになる。ところで卵というもの安すぎはしないか。もちろん安いのは有難いことだが、生産者を思うと(そして産んでくれる鶏を思うと)ちょっとせつない。

 

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子規忌

子規の忌のもう一献は律さんへ

 

もし子規の時代に介護ベッドがあったら……。あるいは車椅子があったら……。もっとも子規がそれを利用できたかどうかは分からないが……。介護用具も介護サービスもない時代の介護は、今とは比べものになるまい。母八重や妹律の献身なしには子規の偉業はなし得なかったことは疑うべくもない。ふと子規の命日に酒を供えて、律さんにも一献差し上げたくなった。

「律さん」とは馴れ馴れしい呼び方だが、子規を介護していた頃の年齢を思えば、「律女」でも「律様」でもなく、親しみを込めて「律さん」と呼びたくなる。また、これは同じく介護をしている者としての共感を込めた呼び方でもある。

 

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ご挨拶

ようこそ、俳介護のページへ

 

ご訪問いただき、ありがとうございます。

本サイトは、老母を介護する日々の合間につくった俳句や短歌に短文を添えたブログ調のウェブページです。

タイトルの「俳介護」は“介護の合間の俳句”が、ともすれば“俳句の合間の介護”になってしまう自分の行為を名付けた造語です。

このページをスクロールしていただいた直下のページが最新のページとなっていますが、初めての方は、2023年11月の第一回「バナナ」のページをまずお読みいただけると有り難く存じます。

なお、ページの中で綴られる出来事は、時系列にはなっていないことを申し添えておきます。

 

※noteの「喜怒哀”楽”の俳介護+」でも、短歌・詩・その他俳句を公開中です。

 

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合歓の花

老母まだおとぎの国に合歓の花

 

母が寝言をつぶやいている。その顔が笑っている。きっと楽しい夢を見ているのだろう。いまの母にとって、こうして楽しい夢を見ている時が一番幸せなのかも知れない。

認知症が進み始めた頃の母の日記が残っている。二か月にも満たない短い期間だが、それを読むと目が潤んでくる。自分の記憶が蝕まれていくことの混乱と恐怖はいかばかりだっただろう。亡くなる一、二年前の父もそうだったに違いない。何かを言いかけて「出てこん……」と深いため息をついた父の顔がわすれられない。

それでも認知症という病気を私は憎めない。何度も泣かされたが、大切なことも教えてくれている病気のようにも思える。

 

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この人が好き

やはらかな目覚めの顔で「幸彦か……」とつぶやく母よこの人が好きだ

 

幸せよりも幸いがいい。もちろん独身男のひがみととってくれてよい。幸せにはなりたいが、昨今どうも幸せ過ぎることは、どこかで苦しんでいる人が本来享けるべき分を横取りしていることのような気がしてしまう。

私の名前は、「幸せな男子」ではなく、「幸いな男子」という意味だ。父は十二人兄弟で女が十人。母は四人姉妹。女子の多い両家の中で唯一、幸いにも本家を嗣ぐ男子が生まれた。それで幸彦と名付けたと聞いている。

介護のいる母と暮らしている今を幸せというのは、さすがに瘦せ我慢めくが、母が生きていてくれることは素直に幸いである。そしていつか母が旅立っても、やはりそれも幸いではないかと思う。

 

 

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春曙

春曙エンドレスなる母の問ひ

 

主語も目的語もない。曙に目覚めた母が、「1にしたらどうなる?」と問いかけてきた。「何を?」と尋ねたところで、母が答えないことは分かっている。なので適当に「そら、2にならよ」と答えてみた。すると、「2にしたらどうなる?」と返してきた。こうなれば続けるしかない。3・4・5・6……と続けて、10ぐらいで寝たふりをした。母はまだ一人何か喋っていたが、本当に眠ってしまったので以後は分からない。

無意味ではあるが、一応はこれもことばのキャッチボールと言えようか。近ごろ稀になった貴重な母との会話の時間とも言える。いつか「あの時せめて50まで会話しておけばよかった」と思う日が来るのかも知れない。

 

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雪女

雪女出でぬか母狂へるいま

 

とは言え雪女にも都合はあろうが、母をどう宥めても収まらない日などは、いっそ雪女でも現れてくれないか思うことがあった。いまはもう立って歩くこともないし、夜中に喋るといっても、放っておいてもいいような内容だからかまわない。だが、まだ歩ける頃、夜中に起き出して家へ帰るなどと言って聞かないときは、もう泣きたいような気持ちだった。(実際、何度も泣いた)

歳時記には、「雪女(雪女郎)」は架空の季語とあるが、こちとら架空を生きる母と暮らしているので、もし本当に現れても驚かないと思う。いや、嘘です。臆病者なので震えるに違いないが、雪女が文脈なき母にどう接するか、見てみたい気もする。

※note「喜怒哀”楽”の俳介護+」では短歌・詩・その他俳句を公開中

 

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星月夜

さみしさが母から香る星月夜

 

身体がさみしさを発している。その夜、ベッドに三日月のような形で眠っている母は鮮烈だった。認知症で何も分からないとか、連れ合いを亡くしたとか、年老いたとか、そんなさみしさではなく、まるで存在していることのさみしさとでも言うようなものが母の身体から溢れていた。人間はみな個であることを保障されねば人間らしく生きられないが、個であることは同時に孤独を引き受けることでもある。一方で、人間の個は他との関係性なしには立ち上がらず、他人の存在なしに自己などというものも存在しない。

たった一人はさみしい。だが、家族といても、恋人といても、友人といても、人間である限りさみしいのだと思う。

 

 

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素足

浮腫なき母の素足の小さきこと

 

母の足は夏でも冷たい。そして、いつもむくんでいる。心臓の機能が衰えてきているうえに、歩くこともなくなったから、血液の循環が悪いのだと思う。訪問リハビリや訪問看護の方がいつもマッサージしてくださるが、むくみのない日はほとんどなかった。

それがなぜか、昨年(令和5年)の5月ぐらいから急に足のむくみが消えた。生活の何かを変えたわけでもなく、なぜむくみがとれたのかは不明だ。取り組んできた減塩や、毎日するようになった足湯の効果だとしたら嬉しいが、徐々に減ったのではなく、急にむくみが消えて、それ以降はむくまなくなった。

こんな足だったのか。むくんだ足ばかり見てきたので、改めて母の足をみてそう思った。

 

 

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紙風船

紙風船しぼみて子なる時了る

 

母が私の名前を呼ぶことはほとんどない。息子だと認識している時間はあるようだが、名前はわすれてしまって、もう出てこないようだ。私が「幸彦です」というと、「そうや、幸彦さんや」ということはあるが、おそらく一日の大半は親切などこかの人(時に怒る怖いおいやん)と思っているのではないだろうか。ときどき「お父さん」と呼ばれる。母は父が死んだことを認識していないので、長く傍にいる人=父と認識しているのかも知れない。父と私の背格好も、頭が禿げていることも似ているからかも知れないが・・・。

母が私を父と思い、多少なりともさみしさを感じずにいられるとしたら幸いだが、やはり子どもとして頼られたいというのが本音だ。

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