朧夜や見えざる人と話す母
母はときどきそこに存在しない人と会話していた。認知症だと解っていても、最初は正直気味が悪かった。しかし、そのうちに慣れてしまった。幻との会話だけでなくて、一晩中独り言を言っていることもあれば、一時間ほど延々と数を数えていることもあれば、話しかけてくるものの言いたいことが解らないこともある。さらには、「きいしいはあ、もはあよお」などともはや単語にもなっていない音声を発するといったことまで経験すれば、もう少々のことには驚かない。
亡くなる一、二年前は私と話しているときより幻と話しているほうがよほど文脈がしっかりしていると感じること日もあった。
その幻との会話が楽しそうなときは、ちょっぴりさびしかった。
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私の父も母も、同じレヴィー小体型認知症を患って、最後は、心臓の力が弱くなってなくなった。
特に、父は、たくさんの幻を見ていたようで、鹿や蛇がいると話していました。
ボケているわけでも、嘘を述べているわけでもなく、幻覚といえども、本人には見えているのだから、それが真実だったのでしょう。
父と母がいた時代、いつも、
心のどこかで安心感があった。
父と母に会いたい。
こんな年齢になっても、
心のどこかで「よくやった」って褒めて欲しいし、抱きしめられたい。
そんなことを時々思う今日この頃です。