春めく

頬に餡つけたる老母春めきぬ

 

母を詠んだ俳句には、パンを手にしたまま眠ってしまったり、菓子を握りしめていたりと、幼子のような姿を描いた句が少なくない。実際、いまの母はある意味幼子にもどっているのかも知れない。

老母の介護をしていると、「施設に預けることを考えないのか」と尋ねられることがある。その問いへの答えは、「たとえ一晩でも幼子を施設に預けられますか?」という問いへの答えに似ているかも知れない。

もっとも幼子は季節に喩えるとまさに春で、はじまりの躍動に満ちている。一方、高齢者は冬で、おわりの静けさを漂わす。いかに母が幼子めいていても幼子のように、存在そのものが春めくことはない。

 

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