おもかげをわするることが二度目の死われ在るかぎり父母を詠む
母が生きていたときは、俳句や短歌を詠むことが本当に楽しかった。内容的にはつらいものであっても、それが形になるとつらさと裏腹のよろこびがあった。
だが、いまは、俳句や短歌を詠むことが苦しい。母が亡くなって、もうすぐ半年になろうとしているのに、哀しみが癒えるどころか、死んで5年になろうとする父のことまで思い出してしんみりする始末である。
それでも、たとえ月に一句、一首でも、三ヵ月に一句、一首でも父や母のことを詠みつづけていきたい。いのちとしては存在しなくても、父や母の存在が完全に消えたわけではない。わたしが生きて、父母を詠むかぎり・・・・・・。
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