介護負ふ子もありと聞く草紅葉
介護という行為には「臨む」や「挑む」という述語より、「負う」や「担う」という述語がふさわしい。なんのかんの言ったって、やはり重いものなのだ。
その重いものを、大人になる前の子どもたちや大人になって間もない若者たちが「負って」いると思うといたたまれないものがある。それなのに私は、まだ傍観者の立場から抜け出せていない。「と聞く」という措辞は、それを如実に表わしている。
紅葉は植物が冬に備えて葉を落とすための準備をしている印だそうだが、大樹ばかりでなく、幼木にも草にも紅葉するものがある。人間も同じで、大人ばかりがきびしい人生に耐えているわけではない。子どもたちもまた人生の冬に耐えるために、人知れず紅葉している。
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